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まるで○○ような話
深江 悠斗
どんなものにも噂というものがついて回る。
「一〇二号室には、男が住んでいる」
「いや、女だ」
「本当に人なんか住んでいるのか?」
と色々と噂される一〇二号室。そこには男が住んでいた。このサンフランシスコン鷹取は学生寮だが、学生ではない人もたまに住んでいる。それがこの男だった。
彼の名前は湯浅鴇史(ゆあさときふみ)。職業は作家。どうしようもないほどの売れなさで、担当が失踪したという話も聞く。
もうすぐ三〇歳に差し掛かろうとしている彼は、悩んでいた。彼の小説が売れない事ではない。
「どうやって、この部屋から脱出すればいいんだ!!」
壮絶な勢いで崩れ出す本のただ中、彼は叫んだ。
元々、彼は申南大学の学生であった。その当時からこの一〇二号室に住み続ける彼が作家としてデビューしたのは単なる幸運だった。
偶然ノリで書いた小説が何の手違いか(かなりの確率で大家の鷹取史郎(たかとりしろう)が送ったのだろう。あんなに楽しみにしていたのだから)出版社へと送られ、それが受賞した。その流れで作家になったはいいが、全く彼に書く気がない(と担当に言い続けている)ので限りなくフリーターに近い人間となっていた。
そして、昼間に起きて街へと本を買いに行き、そのまま本を読みふけるという生活と、玄関に近い部屋という立地条件のため、学生の殆どが見かけない(あるいは気に留めない)ようになったのだ。
そんな彼の生活で増えていくものは本だけだった。そのため、行き場のない本達は適当に平積みされ、彼が歩くと同時に崩れては積み直されていった。
やがて、崩れない絶妙な積み方をマスターした彼は本を高く高く積み上げていった。その高さ、約二メートル。
それでも崩れない本の壁に対する慣れが一瞬の隙をついたのだ。何気なく立ち上がろうとした彼はバランスを崩した。そして思わず本の壁に手をついた。
均衡が崩れてしまえば、あとはもう簡単だった。
盛大な音を立てて崩れていく本達。彼はもう頭を手で庇うしか出来ず、もうもうと立ち上がる埃にむせていた。波が収まり、全てが跡形もなく壊れてしまってから、彼はこの部屋を一旦脱出しようと考えた。
しかし、どう考えても出来ないのだ。
いくら崩れ落ちてボロボロになろうとも大切な本達を踏みつけても、この部屋から出られないのだ。
なぜなら、本が崩れた所為でドアが開かないのだ。この部屋のドアは内側に引くタイプのものだ。
「あぁぁぁ……」
情けない声を上げて、彼は頭を抱えうずくまった。
(このままじゃ寝る事さえ叶わないじゃないかぁ……待てよ? 寝るって事は……)
「あぁっ!!」
大きな声を上げて彼は出窓の方を見た。そこには床に比べて全くと言っていいほどの量の本が乗ったベッドが鎮座していた。
「この出窓から出れば……」
そこまで考えて彼は固まった。
(ちょっと待て、落ち着け俺。もしこのまま出て行ったとしてもまた出窓から入ってこないといけな……いのかぁ……)
その事実に突き当たった彼はまた頭を垂れた。
「とにかく、ドア周辺だけでも片づけるか」
そうして彼はちまちまと本を片付けだした。
「この機会に本棚でも買うかなぁ……」
出窓の外では、黒猫が呆れているかのように通り過ぎていった。
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with you…
青壊
秋も深まった、とある日の午後。矢井田慶子は部活友達数人と一緒に通学路を歩いていた。慶子は私立峰里高校に通う一年生で、バスケットボール部に所属している。高校は家から果てしない位置にあったので、思い切って寮暮らしをすることにした。慶子が住んでいる寮は「サンフランシスコン鷹取」という。中学までとは大きく環境が変わり、今では毎日が楽しい。
「でもさぁ、今日はラッキーだったね。急に部活なくなるんだもん」
一緒に歩いていたクラスメイトの女の子が急に会話を振ってくる。
「そうだねー。こんなに早く帰るの久しぶりー」
会話に加わってなかった慶子は咄嗟に言葉を繋げた。
「でもでも、アスベストなんてちょっと今ドキって感じしない?」
「これで当分部活休みになったらいいのにねー」
「アンタ、サボりたいだけでしょ」
「違うの〜、愛しの彼とデートしたいのよ〜」
「いいわね、彼氏持ちは。アタシも見つけようかな」
慶子が口を開かなくても、どんどん会話は進んでいく。たまに相づちを打つだけでも、他の誰かが話題をどんどん出すので会話は止まらない。ところで、部活に毎日打ち込んでいる慶子がなぜ普通の下校時刻に帰宅しているのだろうか。それは、体育館に問題のある建築材が使われているかもしれないという知らせがあり、調査のために体育館が使えなくなったためだった。顧問の先生は「各自、自宅で筋トレなどしておくように」と言い渡し、部員を帰した。高校生といえば、遊び盛り――意外と物わかりのいい先生だった。
「そういえば、慶子は彼氏いないの?」
またもや急に話を振られる慶子。
「えっ? い、いないよ」
少し焦ってしまう。
「あ、今声がおかしかったぞ〜。慶子彼氏いるんだ〜」
「いないって」
強く否定する慶子。実際、現在付き合っている男性はいないし、その気配すらない。
「ま、わかってるけどね。アンタ、バスケ一筋だもんね」
そう言って、慶子の頭を撫でてくる。
「ちょ、ちょっとやめてよー」
「いーじゃないの、うりうり」
慶子の身長は標準的なものだったが、他の女の子は流石バスケ部というべきか、長身の子が多かった。必然的に、背の低い慶子の頭は撫でられやすい。
「でもさ、慶子ホントに彼氏いないの? 慶子ってば自分のことあんまり話さないし」
慶子は今まで他人のプロフィールなど聞いても楽しくないだろうと思ってその手の話題を避けてきたのだが、どうやら他のみんなはそう思ってはいなかったらしい。
「いないってばー」
本当なのだから、そう言うほかない。頭を撫でてくる友達の手をかわそうと頑張る慶子は、車道の向こうにある人物の姿を見つけ、「あっ」と声を上げた。
「なになに?」
友達が興味を持って慶子の視線を追う。
「あー、慶子あーいうのが好み?」
友達が指さした方向には、制服を着崩した隣の男子校の生徒が歩いていた。なかなかのルックスだったが、慶子が見ていたのはそちらではなかった。
(あ、あれはジャ、ジャパニーズビジネスマン!?)
じゃなくて、と慶子は自分にツッコミを入れて、相手の姿を目で追う。慶子が見つけたのはジャパニーズビジネスマン……ではなく、スーツを着こなし、きっちりと短く整えた髪型、アルミフレームの眼鏡を逆光で光らせた青年。おまけに、片手には鞄を持ち、逆の手では携帯電話を耳に当てて何やら早口に喋っている。
青年の名は衿江といい、彼もまた慶子が住んでいる学生寮「サンフランシスコン鷹取」の入居者だった。ただ、慶子は衿江が普段何をしているのか、入居してから半年も経ったというのに未だに知らないでいた。実は、他の入居者も衿江については詳しく知らないのだが――。
衿江は足早に歩き、雑踏の中へと消えていった。
「んで、慶子、なんだったの?」
「な、なんでもないぷー」
今クラスで流行っている、お笑い芸人の物真似をして誤魔化してみる。
「……慶子、それ3点」
「不合格」
「また来週〜」
みんな、なぜか冷たかった。
「あ、あたしこっちだから」
丁度、分かれ道まで来たのでみんなに「また明日」と言って別れる。一人でしばらく歩いていると、寮に到着した。
「ただいまー」
入居したての頃は言うのが照れくさかった「ただいま」も、今は言うのが嬉しい。靴を脱いで自分のスリッパに履き替え、廊下を歩く。荷物を置きに行くために階段を上がると、丁度階段を下りてきた犬飼と出くわした。
「あ、慶子ちゃん。お帰り。今日は早いね?」
「ただいまです。部活、急にお休みになっちゃって」
「へぇ」
犬飼は二階に住む大学生で、よく慶子に声をかけてくれる。犬飼は頭の後ろに手をやりながら言う。
「あのさ、今先輩達が来て、麻雀やってるんだけど。よ、よかったら慶子ちゃんも見に来るかい?」
少しどもりながら言う犬飼。しかし、慶子はそのことに気付かなかった。
「麻雀……ですか?」
「ああ、うん、麻雀。ルール分からないなら、俺が教えるし」
「あの、ごめんなさい。あたし、学校でできなかったぶん練習しようと思います」
「そ、そう? わかった。いや、いいんだ別に。練習頑張ってね。俺、キッチンに飲み物取りに来ただけだから」
「はいー」
階段を上がっていく慶子。犬飼はそのまま食堂に行くと、そこで人知れず落ち込んだ。「あれ? どうしたんすか先輩」
リビングにいた杉浦がやって来て、犬飼に声をかける。杉浦も寮の住人で、犬飼の大学の後輩である。
「いや、なんでもないんだ」
「そうですか? ところで先輩、なんで俺の部屋が会場なんですか?」
半ば切れ気味に言う杉浦。麻雀の会場は二階にある杉浦の部屋であり、しかも部屋の持ち主であるはずの杉浦は追い出されてしまった。だから、リビングにいたのである。
「それは、杉浦くんがみんなから好かれてるからだろう」
「絶対おかしいですよ、その理論」
ぷりぷり怒っている杉浦。その頃庭のバスケットコートでは、大家さんが「どぅれい!」という威勢の良いかけ声とともに豪快なダンクシュートを決めていた。
週末。慶子が午前中だけだった部活から帰ってくると、寮の入居者のほとんどが出かけていた。昼食に大家さん特製の手打ちうどんと管理人さんが作ってくれたゴーヤチャンプルーを満腹になるまで食べ、幸せ気分に浸っていた慶子は特にすることがなかったのでリビングで黒猫をかまっていた管理人さんの長い髪を三つ編みにして遊んでいた。三つ編みになった管理人さんには、それはそれで新たな魅力があった。
「若菜さん、髪キレイでいいなー」
「そう? 慶子ちゃんも伸ばしてみたら?」
「似合いませんよー」
「可愛いと思うんだけどなぁ」
猫じゃらしにパンチをかましていた黒猫が「なぁ」と鳴いた。
「ほら、黒猫さんも同意してますよ」
「う〜ん」
慶子が悩んでいると、階段側の扉がガチャリと開いて、ジャケットにジーパンという出で立ちの衿江がリビングに入ってきた。
「ちょっと出てきます」
「お買い物ですか?」
管理人さんの質問に頷く衿江。
「あ、あたしも行きたいです」
名乗りを上げる慶子。実際、暇でどこかに出かけたかったのだが、それよりもこの前、帰宅途中に見かけた時から、衿江が普段何をしているのか気になっていた。
「来るか?」と衿江。慶子が元気よく返事をすると、管理人さんは「いってらっしゃ〜い」とにこやかに手を振ってくれた。
「寒くなるから、何か上に来てきた方がいい」という衿江の言葉に従い、防寒性のある服に着替えた慶子と衿江が玄関から出ると、玄関脇で大家さんがバンダナと園芸用エプロンという脱サラしたサラリーマンがカレーショップを始めたような格好で植木鉢に透明なシートをかけていた。
「おぅ、お嬢ちゃん。出かけるのか」
「はいー。あ、その鉢きれい」
「どぅあるぉう?」
どうやら、大家さんは「だろう?」と言ったらしい。手塩に掛けて育てた鉢が誉められて気分が良くなったのか、粘っこい喋りがいつも以上に聞き取りにくい。
「こいつはぁシソを、改良して作られた品種なんだぞぅ」
「そうなんですかー」
「おぅよ。あぁそうだ。ところで出かけるのは、いいが車はチビ砂利どもが全部、乗っていっちまったぞぅ」
「……仕方ない」
衿江が顔を曇らせる。確かに、車庫は空だった。
「電車で行きます?」
街には電車でも行けるが、乗り換えの関係でやや遠回りになるのだった。
「バイクで行くぜ」
いつもながらの声色で言う衿江。
「あの、バイクってありましたっけ?」
首をひねる慶子。入居してから一度も、車庫にバイクが置いてあるのを見たことがない。
「滅多に使わんからな」
表情を変えずに答える衿江。そして、大家さんに「すみません、鍵を」という。
「何だ空手野郎も、一緒に行くのか。ちゃんとお嬢ちゃんをエスコート、するんだぞぅ」
そう言って、大家さんはポケットから鍵を取り出すと衿江に投げる。ちなみに、衿江が空手の有段者だということは慶子も知っている。
「じゃあ、ついて来て」
トコトコ歩き出す衿江。寮の前の道路を横断すると、寮の向かいに立っている大きなガレージの前で立ち止まる。慶子が衿江に追いつくと、衿江はしゃがんでガレージのシャッターに鍵を差し込んでいた。
「あの、ここって……」
慶子が言いかけたところで、シャッターがガラガラと音を立てて上がる。
「こっちの土地も、実は大家さんのでな」
「え!? そうだったんですか」
シャッターが上がりきり、ガレージの中に光が差し込む。
「わぁ……」
慶子は歓声を上げ、中を見渡す。ガレージの中にはカヌー、野球道具一式、ゴジラの着ぐるみ、道路工事中の標識とフェンスや安全ヘルメット一式、子連れ狼の乳母車、撒き菱、チェーンソー、海図など大小様々な物が乱雑に入れられていた。
「衿江さん、すごい車がありますけど」
慶子が指さしたのは、オープンタイプの派手なスポーツカーだった。
「その車……コブラは1/1サイズのプラモデルだよ」
「あ、そうなんですかー。でもすごい……」
慶子がキョロキョロしている間に、衿江が奥からバイクを押してきた。そして、慶子にゴーグルの付いたヘルメットを渡す。衿江も同じ物を被る。
「あの、あたし、バイクって乗ったことないんですけど……」
「しっかりつかまって、後は急に身体を左右に倒さないように」
「あ、はい」
と、ここで慶子の頭に一つの考えが閃く。
「あの、衿江さん、免許証ってどんな感じですか?」
免許証には、生年月日が載っている。これで、衿江の謎が一つ解けるだろう。そう思った慶子だが、衿江は、
「あいにく今日は持ち合わせがなくてな」
とあからさまにはぐらかした。今からバイクに乗るというのに、免許証を携帯していないわけがない。
「ほいじゃ、行こうか」
衿江はガレージの鍵を棚に置いて、バイクに跨る。慶子も恐る恐るそれに倣う。
「弾丸ライナー!」
よく分からないかけ声と共に、バイクは走り出す。後ろに乗るのは慶子が思っていたほど恐くはなく、むしろ風を切って走るのは楽しかった。
しばらく走っていると、住宅街を抜けた。信号待ちで止まると、衿江が前を向いたまま話しかけてきた。
「前に何人かで買い物に来た時、嫌な思い出があってな(※「ボーイッシュな慶子ちゃんの誕生日プレゼントに可愛い服を贈ろう計画」のエピソード。第17話「人類未完計画」参照)」
「どうしたんです?」
「201号室の彼が、ケンカ中の彼女と偶然出くわしてな。壮絶だった」
「あー……それは」
寮の201号室に住んでいるのは山本という大学生で、犬飼や杉浦と同じ大学に通っている。山本には付き合っている彼女がいて、よく電話している姿を慶子は見ていた。
信号が青に変わり、バイクはまた走り出す。衿江の身体につかまりながら慶子は、そういえば管理人さん以外と二人で出かけるのは初めてだな、と思った。今までは、出かける時は必ず何人かで行っていた。
繁華街に着くと、二人はバイクを駐車場に止めて街をぶらぶらと歩いた。衿江はゲームソフトを買っていた。慶子は漫画を買い、そして喫茶店でケーキと紅茶を奢ってもらった。帰る直前に、衿江は栗饅頭を大量に買い込んでいた。
再びバイクを走らせ、寮へと帰る。帰ると、すぐに夕食だった。献立は鶏の味噌煮込みと海藻サラダ、サーモンのマリネ。食堂にみんなが集まり、今日の一日の過ごし方をそれぞれが話した。サンフランシスコン鷹取の食卓は、その日もにぎやかだった。
数日後の、深夜。慶子はテレホンショッピングをリアルタイムで見ようと思い、リビングで起きていた。実家のあたりでは放送されない、妙なくらいハイテンションなテレホンショッピングがこの地域では放送されているのだ。管理人さんも、慶子に付き合って起きていた。いつもなら大学生の誰かが夜更かしをしているのだが、その日は大学生の入居者が大学のイベントの準備で大学に泊まり込んでいたため、リビングには慶子と管理人さんしかいなかった。ぼーっと時間が来るのを待っていた慶子の耳に、高らかな衿江の声が聞こえた。
「暁の明星四戦士が一人、エリック! ただいま帰還しました!」
あらあら、と管理人さんが玄関に様子を見に行く。慶子もそれについて行くと、玄関に泥酔した衿江が倒れていた。ネクタイを頭に巻き、スーツは袖を捲っている。
「ごめんなさい、手伝ってくれる? 部屋まで運びましょう」
二人で衿江に肩を貸し、衿江の部屋に向かう。衿江の部屋は一階にあるので、二人でもなんとか運べた。管理人さんは衿江をベッドに寝かせると、手早く服をゆるめていく。衿江はかなり酔っているらしく、「24時間闘えます」とか「YESかNOかハッキリしてもらいたい」とか意味不明な言葉を口走っていた。
「また、負けちゃったのねぇ」
頬に手を当て、残念そうに管理人さんが言う。
「負けたって?」
慶子が尋ねると、
「衿江さん、お酒強いでしょう? でも、知り合いでとってもお酒に強い女の人がいて、その人に負けたくないんですって。それで、たまにこんな風に帰ってくる日があるんだけど、後で聞いてみたら、いつも『勝てなかった』って言うの」
「そうなんですか……」
管理人さんの言葉を聞きながら慶子は、管理人さんは自分の知らない衿江さんの一面を知っているんだ、と思った。そう思った時、なぜだか、自分でも気が付かないほどかすかに、慶子の胸がちくんと痛んだ。
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喉仏の宴
青壊
「あら? お出かけですか?」
サンフランシスコン鷹取の玄関。管理人である鷹取若菜は玄関先に座り、靴紐を結び直している犬飼航(いぬかい・わたる)を見て声をかけた。時刻は夕方、秋なのでもう日は沈み、辺りは暗くなりかけていた。航は紐を結び終わり、立ち上がって言った。
「あ、はい。これから、大学の先輩達と飲みに行くんですよ」
「あ、そうなんですか。いいですねぇ」
胸の前で手を合わせ、管理人さんは言う。
「ああ、すみません、言うの忘れてました。飲みなんで、夕飯はいいです」
しまった、という顔で航が言った。本当は管理人さんの作るうまい飯を満腹になるまで食べたいのだが、飲み会は付き合いだから仕方がない。
「分かりました。帰りは遅くなります?」
「ええ、たぶん。じゃ、行ってきます」
玄関の戸を開ける航。冷たい風が吹き込み、冬の訪れを感じさせる。
「車に気をつけてくださいねぇ」
「はい」
つっかけを履き、若菜も外に出てくる。
「いってらっしゃ〜い」
わざわざ門の外まで出てきて手を振ってくれる管理人さん。風に吹かれて長い髪も揺れている。手を振り返した航はなんだか嬉しくなってきて、軽やかな足取りで駅に向かった。
電車から降りて改札をくぐる。大学の最寄り駅から出てすぐの道を右に折れると、雰囲気が良くて安く飲める居酒屋「アダムの林檎」がある。航は店の前に山本の姿を見つけ、声をかけた。
「お待たせ」
「あれ、早かったやん」
紫煙をくゆらせていた山本は携帯灰皿に煙草を押しつけると、にかっと笑った。
「先輩達は?」
「まだみたいやね」
航と山本は、共に申南大学の2年生でミステリー研究会に籍を置いていた。今日は部活仲間での飲み会というわけである。ちなみに、山本もサンフランシスコン鷹取の住人で201号室に住んでいる。航の部屋は209号室。同じ寮に住んでいるから連れだって店に来てもよかったのだが、生憎と山本には用事があったらしく、こうして現地集合することになった。
航が最近読んだミステリー小説について話を始めようとしたところで、残りのメンバーが姿を見せた。
「やぁ。待ったかい」
片手を上げて格好いいやら格好悪いやら中途半端な雰囲気を纏った猫柳先輩。そして、その横には居酒屋のおっかさんのような見た目の藤崎先輩。どうやら、航が来た次の電車だったらしい。猫柳先輩は下宿組で、藤崎先輩は自宅組だ。
「いえ、僕は今来たところです。山本くんはその前に来てましたけど」
「俺も煙草半分だけしか待ってませんよ」
今の時間は、集合時刻からきっかり30分後。しかし、誰もツッコミを入れることはない。
「早く店に入ろ」
藤崎先輩がそう言ってさっさと入店したので、航達は慌てて後を追った。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「四人です」
「では、奥の席へどうぞ」
航達が席に腰を落ち着けると、すぐに殻付きピーナッツの皿と人数分のおしぼりが運ばれてくる。
「とりあえず、生中二つとソルティドッグ、それとウーロン茶お願いします。あ、あと揚げチーズ巻き」
航が全員分の注文を手早く済ませ、各自とりとめのない話を始める。対面の山本がすぐにトイレに行ってしまったので、航は隣の藤崎先輩に話しかけた。
「先輩、頼んでたアレ、持ってきてくれました?」
「ちゃんと持ってきたよ」
やや関西訛りの藤崎先輩は小さなリュックからクリアファイルを取り出して、テーブルの上に置いた。ところで、藤崎先輩は女性ながらもがっしりした体格で、少しおばさんくさいところがあるので持っているピンクのリュックがとても小さく見え、残念ながら不釣り合いに思えた。
「あ、ありがとうございます」
ちなみに航と藤崎先輩が話をしている間、猫柳先輩はといえば、しゅー、しゅー、と怪しげな擬音を口ずさみながら模型飛行機を飛ばすように殻の付いたピーナッツを持ち、一つ一つ胸ポケットに収めていた。猫柳先輩の奇行はいつものことなので、航は無視を決め込んだ。
「ところで、何でこんなん欲しかったん?」
藤崎先輩が「こんなん」と言ったのは、クリアファイルの中身――ミステリー研究会の歴代名簿のことだった。部員の連絡先は毎年配られる連絡網に書かれているので、本来は必要ない物のはずだ。
「いや、ちょっと興味がありまして」
航が言葉を濁すと、藤崎先輩は「ふぅん」と言って運ばれてきた揚げチーズ巻きをパクつき始めた。藤崎先輩はよく食べるので、自分が食べたくなったら次を頼もう、と航は思った。猫柳先輩は生中のグラスを両手で包み込むように持ち、「からだの、しんから、ひえる……」とよく分からないことを言っていたので、放っておく。
「あれ、それどしたん?」
トイレから帰ってきた山本が向かいに座り、ファイルを見て言った。
「いや、ミス研の歴代名簿。藤崎先輩に言って持ってきてもらった」
「歴代名簿? ……ははぁ、この前言ってたやつやね」
航達が所属するミステリー研究会には、入部して一ヶ月以内に探偵という呼称のついた異名をつけなければならない、という鉄の掟があった。入部時に渡される規則の書かれた紙にはこの掟が手書きで書き足されコピーされているのだが、要は新入部員に対して現役部員が親しみを持とうということで、あだ名をみんなで考えるらしい。異名をつけられる当人には議論権はないのだが、だいたいフィーリングで決められるので当人の性格やしぐさ、趣味などから捻り出されるのだった。しかも、あだ名は付けられたら付けられたで、日常生活で使用される事は全くない。ただのお遊びなのである。
ちなみに航は「数学探偵」。後で聞いたところによると、これは単に新入部員で理系の科の生徒が航だけだったかららしい。藤崎先輩は「クジラ探偵」。理由はたぶん、大きいことはいいことだ、というような感じで名付けられたのだろう。弁慶探偵とか巨神兵探偵とかストレートに名付けなかったのは、先輩の良心というやつだろう、きっと。また、山本は「スニーカー探偵」。山本は懐かしのテレビドラマが好きで、また鉄の掟も事前に知っていたことから、見学に来た日以降毎日ジーパンを履いて部室に来ていた強者である。内心しめしめと思っていた山本だが、先輩の注目は狙っていたジーパンでなくスニーカーに集まっていたようで、満場一致でスニーカー探偵が誕生したという逸話がある。
「ちょっと見せてや。なになに……?」
山本が名簿を覗き込んできたので、航も回想を止めて額を合わせる。
名簿には、錚々(そうそう)たる名前が並んでいた。
曰(いわ)く、ヒッピー探偵。
曰く、四角い探偵。
曰く、日曜探偵。
曰く、釘バット探偵。
曰く、世紀末探偵。
曰く、朝鮮人参探偵。
曰く、ギリギリ探偵。
曰く、緑の探偵。
曰く、アルゼンチンバックブリーカー探偵。
曰く……
異名欄の隣には名前、住所、連絡先などが書いてあるが、そんな物は目に入らない。
「す、すご……」
航と山本は揃って息をのんだ。いったい、どういう経緯があってこんな異名を付けられたのだろうか。
(というか、会ってみてえ……!)
「なんか、俺ら普通やな……」
「ああ……」
なんとなく打ちひしがれる。
「もういい? いちおう、それ重要書類だから」
航は礼を言って、皿を空にした藤崎先輩にクリアファイルを返した。
時間が経過し、気がつけば酒が進んでみんな程良く酔っていた。山本は顔が真っ赤だし、猫柳先輩は「そう、そこにパーツをはめれば遺跡が動く!」と虚空に向かってブツブツ言っているし、藤崎先輩はやたらとハイになっていた。そして、航もずいぶん身体が熱い。
「あのね、犬飼くん、聞いてる? あたしね、あたしね、ホントは少女漫画家になりたかったの」
藤崎先輩は泣き上戸の上に笑い上戸、そして絡み酒。最悪だ。
「冗談は顔だけにしてくださいよ」
つい、そう言ってしまいそうになるのを僅かな理性で抑え、
「冗談はよしこさん」
と寒い言葉を吐くにとどめる。これだから、酒は恐い。
「……今の先輩には教員免許を取って先生になるって夢があるじゃないですか」
なんとかフォローをしてみる。
「いやだ、犬飼くんったら」
バシバシと藤崎先輩に背中を叩かれる。普通に痛い。勘弁して欲しい。見かねた猫柳先輩が「今日はここらでお開きにしようか」と言ってくれた。意識はちゃんとしていたらしい。勘定を3:3:2:2の割合で支払い、店の外に出る。
「うわー、風冷たいなぁ」
山本の言葉通り、頬に当たる風は冷たい。
「じゃあ、今日はこれで」
「おつかれっしたー」
「したー」
思い思いに挨拶をして、藤崎先輩は駅に向かっていった。残る三人は、まだ財布も時間も体力も余裕がある。
「んじゃ、どうします? カラオケ行きますか?」
航はそう言ってみたものの、実際カラオケぐらいしか行く場所は考えられなかった。が、航の言葉に猫柳先輩は「ふん」と鼻を鳴らすような声を出す。それは、猫柳先輩が何かに納得していない時のサインだった。
「どうします?」と山本。猫柳先輩は三秒間固まってから、口を開いた。
「じゃ、二次会は犬飼くんの部屋で」
「ちょ、ちょ、待ってくださいよ」
とんでもないことを猫柳先輩が言い出した。慌てて制止する航。
「な、なんで僕の部屋なんですか?」
「いや、山本くんは彼女持ちだし、部屋に押しかけても悪いだろう」
「別に彼女とは一緒に住んでるんちゃいますよ」
苦笑する山本。そんなことはいいから、猫柳先輩を止めるのを手伝ってくれ、と思う航。
「まあ、いいから行こう。よし決まった」
そう言ってすたすたと駅に歩き出す猫柳先輩。
「俺も参加するわ」
山本が航の肩を叩く。まるで、諦めようや、と言うかのように。
「待ってくださいよー」
猫柳先輩を追いかけ、航は走り出す。
「なんでそんなに止めるんだい? 何か問題でもあるのかい? あの女子高生の子とか」
「け、慶子ちゃんはそんなんじゃない! いや、違う、それはいいから、待ってくださいよー! 考え直してください!」
「どうして? 部屋で飲み会するとまずいことでもあるのかい?」
「大ありですよ! 他の人に『うるさい』って怒られます!」
「そうしたら、怒りに来た人も飲み会に参加してもらえばいい」
「そんなわけあるか!」
「帰ろう、僕らの家に」
「先輩は住んでないじゃないですか!」
わーわーと叫ぶ航と、耳を貸さない猫柳先輩。山本は肩をすくめると、「大変やな」と呟いて二人の後を追った。幸か不幸か、明日は休日だ。冬が近づいていたが、彼らの心は暖かかった。
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猫柳先輩の華麗なる推理
或
申南(もうすみなみ)大学から程近い住宅街に悠然と建つサンフランシスコン鷹取。その軒先で杉浦大樹は両手で頬を叩き、気合を入れた。秋の空に乾いた音が響き渡る。
「よぉく、来たな若造」
粘着質な口調で出迎えたのは大家の鷹取史郎だった。がっちりした体格で、日焼けした黒い肌をしていた。大樹の抱いた第一印象は「強そう」だった。実際は、それとは裏腹に、史郎の趣味は園芸といういたって平和的で地味なものだった。八〇坪もある広大な庭の草木がきれいに手入れされているのは、ひとえに彼の努力の賜物だ。
「まあ立ち話も、なんだ。汚ねえ、所だが上がれ」
史郎は読点の入れるタイミングがおかしい。
「では、おじゃまします」
史郎の話し方に微妙な違和感を覚えながらも彼の言葉に従い、大樹は靴を脱いだ。
大樹は今日からここに入居することになっていた。大樹の実家は大学から二時間もかかる場所にあった。今まではそこからなんとか通っていたのだが、限界を感じ、一人暮らしを決意したのだ。
家具等の荷物はすでに運び込んでいたので、今日は小さな鞄一つしか持っていない。
「わあ」
部屋を開けると、自然と感嘆の声が漏れた。大樹の部屋は二〇八号室。二階にある北向きの部屋だった。
「どうだ。いい、部屋だろ?」
「ええ。本当に」
大樹は心の底からそう答えた。
史郎が部屋から出ると、大樹は八畳の部屋の真ん中で大の字になって寝転がった。
「ああ、一人暮らしって素晴らしい」
今、季節は秋。大樹は一年生だが、一人暮らしを始めるにはいささか遅すぎるような気がする。それもそのはず、大樹が一人暮らしを始めるにあたって、彼の父親から一つの試練が与えられた。それは、この学生寮の敷金と礼金を自分で稼げというものだった。相場では敷金と礼金を合わせると家賃の四か月分になると言われている。学生が稼ぐには莫大な額だ。しかし、大樹はへこたれることなく、夏休みを返上してバイトを重ねた。その結果、この秋とうとう貯金は目標の額を超えた。
こうして大樹は一国一城を手に入れたのだ。
「おっと、まったりしている場合じゃないな」
大樹は体を起こし、頭を揺すった。彼は腐っても大学生だ。講義に出ていれば課題を出されることもある。明日は大切なレポートの提出日だった。彼は鞄から資料とノートパソコンを取り出し、レポート作成を始めた。
そうすること一時間、空は夕闇に包まれ、夜を迎えようとしていた。集中していたために時間が経つのを忘れていた。時計を見ると、六時半。そろそろ食事の時間かな、なんて思っていると廊下からバタバタと足音が聞こえてきた。そして、「ここだ、ここだ」という声と共に足音は大樹の部屋の前で止まり、何事かと困惑しているとおもむろに部屋の扉が開かれた。
「杉浦、おめでとう!」
そう言って大樹の一国一城に侵入してきたのは、鼻眼鏡と三角帽子で武装した大学の先輩だった。右手には一升瓶。左手にはつまみがぎっしり入った袋。今からここで酒盛りでも始めようかという格好だった。
「仁志先輩、何の用ですか?」
「入居祝いに来た先輩にその言い草は何だ」
仁志先輩は心外だと言わんばかりに肩をすくめた。
「仁志君、何をしているんだい、早く入ろうじゃないか」
「そうですね、ほいじゃ」
どうやら、入居祝いに来ていたのは仁志先輩一人ではなかったようで、彼の後ろから猫柳先輩の顔が見えた。
「ちょっと待ってください、僕の意思は無視ですか」
こんな所で酒盛りなんか始められた日にはレポートなんてできるはずがない。ここは断固として拒否だ。
大樹は固い意志で対応することを決意した。
「今日はダメです。明日提出のレポートがあるので」
「あらあら、どうしたのかしら?」
大樹が先輩達を追い出していると、廊下の端から管理人の鷹取若菜がひょっこりと顔を出した。
「あ、管理人さん。すみません、騒がしかったですね。すぐに帰らせますので」
「あらあら、にぎやかで良いわねぇ」
「え?」
てっきり注意されるものだと思っていた大樹は拍子抜けした。
「若菜さんも一杯やりますか? 彼の入居祝いです」
猫柳先輩はそう言ってビールの箱を少し掲げてみせる。
「いいわねぇ。それじゃ、私はお食事を運んでくるわねぇ」
若菜さんはうきうきした足取りで一階に降りていった。
「さて、これでも俺達を追い出すのか?」
仁志先輩はにやりと口の端を歪めた。
かくして大樹の決意は一瞬にして砕かれたのだった。
「その時、俺は言ってやったのさ。『そんなことにゃ、百万ドル積まれても賛成しない』ってな」
「何の話をしているんだよ」
大樹はノートパソコンに向かいながら呟いた。どうやら仁志先輩がアメリカンジョークを言っていたようだ。オチしか聞こえなかったのでどういう話なのか想像もつかない。
「大体、百万ドルって一億円以上だぞ。どんだけ賛成したくないんだよ」
彼らのせいでレポートが進まないことにいらつき、毒を吐く。
でも、そんな大樹をよそに、若菜と猫柳先輩には大いにウケていた。それに気を良くしたのか、仁志先輩は調子に乗ってなぜか踊りだした。
どかどかという音を立てて踊り狂う仁志先輩。すると、廊下から激しい足音が聞こえてきた。
「うるさーい! さっきから何をドタバタしているんだ!」
現れたのは隣の二〇九号室に住む犬飼先輩だった。犬飼先輩の後ろには慶子の姿も見える。
「それはこっちのセリフだよ、犬飼君。君は一体慶子ちゃんと何をしていたんだい?」
猫柳先輩が悪戯っ子のような目で犬飼先輩を見た。仁志先輩も「酒の肴」と呟いている。
犬飼先輩は顔を真っ赤にしながら「いや、俺と慶子ちゃんはただ話をしていただけで」と何やら言葉を濁している。
「まあまあ、詳しい話は部屋に入ってしようじゃないか。慶子ちゃんも入って」
猫柳先輩はまるで自分の部屋かのように彼らを招きいれた。八畳に六人。かなり窮屈になってきた。
「ああ、僕の一国一城が……」
「ただの八畳一間じゃねえか」
大樹の呟きに仁志先輩の冷たいツッコミが入れられた。
「もういいです」
大樹は子供のように拗ねて、クローゼットの中に入っていった。
クローゼットの中は狭いが、幸い今日入居したので荷物は入っていない。懐中電灯で手元を照らしながら大樹はノートパソコンに向かった。部屋の中にいるよりかは静かで、集中できる。
これでレポートが進むと思ったのも束の間、また廊下から足音が聞こえた。
「どぅれい!」
奇妙な掛け声と共に扉を蹴り開けたのは大家の史郎だった。
大樹は救世主だと思い、クローゼットから飛び出した。
「大家さん、ダメですよね。騒がしくしたらダメですよね?」
大樹は涙ながらに史郎にすがりついた。
「そいつぁダメに、決まってるぁ」
史郎が神様に見えた瞬間だった。
「俺の、いねぇ酒盛りなんか認めるわけねぇだるぉ」
よく見ると史郎は一升瓶を担いでいた。
史郎が悪魔に見えた瞬間だった。
酒盛りは深夜にまで及んだ。このままだと確実に朝まで続くだろう。
レポートは相変わらず進んでいない。さっき文句を言ったら、「じゃあ、静かな一階でやりゃいいじゃないか」と言われた。
ここは僕の部屋だ。なんで僕が出て行かなきゃならないんだ。まったく、誰のお祝いかわかったもんじゃない。
クローゼットの中で一人、ぷりぷり怒っていると、隣の部屋から奇妙な物音が聞こえた。
金属と金属が擦れ合うような音というか、何とも表現のしにくい音なのだ。
確か、犬飼先輩から聞いたことがある。隣の二〇七号室は開かずの間と呼ばれているのだ。犬飼先輩も何故そう呼ばれているのか知らないと言っていた。その開かずの間から物音がするのだ。
大樹は薄ら寒くなってクローゼットから飛び出した。
「と、と、と、と、隣の開かずの間から物音が……」
一瞬、史郎と若菜の体が硬直した。
「開かずの間って何なんですか?」
「いやただ、入居者がいないだ」
史郎は見るからに動揺している。
「入居者がいないのにどうして物音が」
大樹が史郎に詰め寄ると、クローゼットの中から声がした。
「なるほど」
いつの間に入ったのか、そこには猫柳先輩の姿があった。彼は全てを理解したようなすっきりした顔をしている。
「猫柳先輩、何が『なるほど』なんですか?」
「いや、音の正体さ」
「え?」
大樹は驚きの声を上げた。
「本当ですか?」
「うん。僕が嘘を言ったことなんてあるかい?」
「思い当たる節がありすぎますけど。まあ、いいです。それで音の正体って?」
大樹が聞くと、猫柳先輩は得意げに言い放った。
「それは、カレーだよ」
「あんた、そればっかりじゃないか」
犬飼先輩が呆れたように言った。
確かに、奇妙な音はカレーの鍋をかき回す音に聞こえないこともなかったが、このサンフランシスコン鷹取の部屋にはキッチンがない。それに、火災報知器が付いているので部屋の中ではタバコを吸うことすら出来ないはずだ。ガスコンロを用意したところでカレーなんて作れないのだ。
そもそも、カレーの匂いなどどこにもしていないじゃなか。
猫柳先輩のカレーなる推理はまたもや外れてしまった。
レポートは終わらない。酒盛りも終わらない。大樹の寮生活はこうして始まったのだった。
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料理の天すぁいっふね
三木夏樹
「もう……バカ、知らない」
そういい残して、電話は切れた。
言われた張本人は、言葉の真意が分からなくて呆然としていた。
むなしさだけが部屋に残る。
やりきれなくなって、手元にあったタバコを加えて火をつけた。
201号室の住人、山本俊二はこの寮に来てもう一年と半年くらいになる。
現在申南(もうすみなみ)大学二年生で、入学以来ずっとこの寮に住んでいる。
電話の相手は恋人で、どうやらけんかしているようだ。
俊二にはけんかの原因がなにかよく分からなかった。
分かるのはこのままではまずいということだけだった。
「いったい何に対して怒っとるんやろう」
日はとっくに暮れて、あたりがまっくらになってきた。
ずいぶんと短くなったタバコを灰皿に移し窓に目をやると、一匹の黒猫が窓の外でなぁなぁ鳴いている。
「おっ、俺の部屋に入るか」
窓を開けてあげると、黒猫は一目散に俊二の部屋に入り込んだ。
「そうか、そうか、そないに僕の部屋に入りたかったんか」
「なぁ」
タイミングよく猫は返事をする。
「おぉ、まるで人間の言葉が分かるようやな。なんや、何しにきたん。飯か?
しかし、僕の部屋には食べ物がないんや。秋刀魚はあるけど、これは僕のつまみ。君にはやらん」
その言葉を聞くと、黒猫はまた部屋を飛び出していった。
「なんやゲンキンなやっちゃなぁ」
俊二はぽつんとぼやいた。言ってからなんだかむなしくなった。
どうも一人暮らしをしていると独り言が増える。
それにしても、恋人とこの黒猫は似ている。俊二はそう思った。
気まぐれなところとか、ゲンキンなところとかそっくりだ。
ぐーー。
俊二のお腹が鳴った。
そろそろ晩ご飯の時間か、今日のご飯はなんやろうな。
そんなのんきな事を考えていたら、俊二は大事なことを思い出した。
そうや、いつもより一時間早い六時半から今日は晩ご飯やったんや。
俊二は急いでリビングへと向かった。
案の定、晩御飯は済んでいて、管理人の鷹取若菜は洗い物をしていた。
「その……僕のご飯はまだあるんかな」
若菜は水道の蛇口をひねり、洗い物の手を止める。
「もう。遅いですよ。今日はいつもよりもはやくにご飯作るって言ってたじゃないですか」
「いやぁすっかり忘れてて……」
俊二は頭をぼりぼりかいて、苦笑いを作った。
「そんなことだと思って、ちゃんと残してありますから。どうぞ召し上がれ」
若菜は戸棚から、今日の夕食を取り出した。
「今日は新作メニューの豆腐ハンバーグですよ。」
豆腐ハンバーグはまだほんのり温かかった。
俊二はお腹がすいていたので、がっつくように食べた。
「味はどうですか」
「めっちゃうまひっふわ。若菜すぁんは料理の天すぁいっふね」
俊二は口にものが入っているのにもかかわらずしゃべったので、発音が不明瞭になった。
「おだてても、今日の当番は変わりませんからね。早く食べて手伝ってくださいな」
サンフランシスコンでは、毎日当番で若菜さんの洗い物を手伝う係を順番に回しているのだった。
今日はたまたま俊二が当番だった。
洗い物を手伝いながら、俊二は、さっきの電話のことを相談していた。
「そう、そうやって向こうが一方的にイラついているみたいで、何が原因か分からないんですよ」
「うん」
「いったい何が原因やったんですかね」
若菜はテーブルをふきんで拭いている。
「聞いてみたらいいじゃないですか」
「えっ、聞いてまうんですか」
「聞かないと分からないこともたくさんありますよ。さっきの料理の味の感想みたいに。
付き合いが長いと、なんでも分かっているみたいに誤解して、そういう作業を省いて、
そしたら結果的にすれ違いが多くなると思うんですよ」
俊二ははっとなった。
「若菜さんの言うとおりですわ。とりあえず後で電話して聞いてみますね」
「いえいえ、褒めてくれたお礼です」
若菜は照れくさそうに笑った。
洗い物の後に電話してみたら、さっきほどには怒っていなかった。
「ほんとにわからないの」
「うん、僕には心当たりがそないにないからね」
「ほんとに?今日の日付に心当たりはない?」
「えっと今日の日付……。あっ」
俊二は大切なことを忘れていた。今日は二人が付き合ってちょうど一年になる日だった。
「もう、鈍感なんだから」
「ご、ごめん。埋め合わせに焼き肉をおごったるから」
「やった」
恋人の声がとたんに明るくなった。
ほんまげんきんなやっちゃな。俊二はにやつきながら、タバコに火をつけた。
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目と目で通じ合う仲になりたい
青壊
ダム、ダム……。
力強いステップですばやく身体を切り返し、そのままシュート――。
手から離れたボールは、弧を描きそのままネットを通……らずに、リングに弾かれた。
コートの外に出たボールを拾いに行こうとして、ふと、その姿を見つける。
一瞬だけ目が合うが、相手はすぐに視線を逸らしてしまう。
芝生に転がるボールを拾うと、そのまま座り込む。
「はぁ……」
大きく息をつくと、汗だくになっている身体からいっそう汗が噴き出してくる感覚がして、腕で額を拭った。
「今日はもう終わりにしよう」
ジャージを身に纏い、バッシュを履いて黙々と練習をしていたのは、矢井田慶子(やいだけいこ)、高校一年生。慶子が座っているのは下宿している学生寮、「サンフランシスコン鷹取」の庭にあるバスケットコートだ。
今年の春に入居し、半年ほどここで生活してきた。慶子が通っているのは寮から徒歩で十五分ほどの位置にある高校、私立峰里。二年前までは女子校だったとのことで男子の生徒数が少ないことに驚きはしたが、勉強のレベルもそれほど高くなく、構造改革により杓子定規でなくなった校風は慶子に合っていた。
慶子は同じクラスの友達からバスケ部に勧誘され、そのまま入部した。中学時代にバスケを少々かじっていたので先輩のしごきに捕まることなく、また元々身体を動かすのが好きなので良い選択をしたと慶子は思っていた。そして、慶子が偶然入居した下宿には大家の趣味でバスケットコートが完備されていた。だから慶子はほぼ毎日、暇な時はサンフランシスコン鷹取のバスケットコートで練習をしていた。
「暑……もう秋のはずなんだけど」
コートの脇、寮の裏口の横はスチール製の物置があり、その下段にあるカゴに向かってボールをシュート。ガタガタと揺れながらも、ボールはカゴにちゃんと収まる。これだけは、今まで外したことはない。
キッチンに繋がっている裏口から寮の建物に入ると、ばったり管理人さんに出会う。管理人さんは名前を鷹取若菜といい、大学生らしい。物腰が柔らかで、慶子は管理人さんの作ってくれる料理が好きだった。管理人さんの料理の腕は、間違いなく実家の母親のものより上だから。
「慶子ちゃん、お風呂使う?」
「はい」
「タオルと着替え持って行ってあげるから、そのまま入っちゃいなさい」
「はい、ありがとうございます」
慶子は管理人さんのことを姉のように思っていた。実家には生意気な弟しかいないが、管理人さんみたいな人が姉だったら理想的だと思う。話し相手になってくれるし、よく気が付くし、優しいし――。
慶子は足早に廊下を歩き、洗面所を抜けてシャワールームに入る。寮の風呂は二十四時間風呂なのだが、入居者に男性も女性もいるので時間別になっている。その点、シャワールームは他に利用者がいなければいつでも使える。設備が充実していることもあり、慶子はこの寮が大好きだった。親の話では家賃が高いということだが、お金よりも大事なものを与えてくれるから、ここを離れるということは考えられなかった。
洗濯したばかりのTシャツと綿の短パン、裸足というラフな姿で洗面所の扇風機の風を浴びる。夏は過ぎたが、湯上がりにはまだまだ扇風機が欠かせない。回る羽根に向かって「あー」と意味もなく声を出していると、不意に洗面所の扉が開けられた。
「おっと、失礼」
「あ、いいですいいです。お帰りなさい」
洗面所に入ってきたのは入居者の衿江(えりえ)という青年だった。くたびれたスーツに、アルミフレームの眼鏡がキラリと光る。空手の有段者ということだったが、衿江が大学生なのか就職しているのか慶子は知らない。とにかく、謎の多い人物なのだ。
「そうか? ほいじゃあ失礼して」
どうやら衿江は手を洗いに来たらしかった。
「今日は早かったですね」
「うん、ゲームの発売日だったからね」
「そうなんですか」
「うん、そう」
居座るのもどうかと思い、慶子は洗面所に衿江を残してキッチンに向かった。キッチンでは管理人さんが夕飯の準備をしていた。この寮では夕飯は基本的に賄いとして入居者全員に振る舞われるため、けっこうな量である。
「今晩は唐揚げですか?」
「そうです。たくさん食べてね」
パチパチと鉄鍋の油の中で鶏肉がダンスする。管理人さんに菜箸とエプロンはよく似合うと思いながら慶子は冷蔵庫を開けた。
「あ、慶子ちゃん。ごめんなさい、スポーツドリンクもう無いと思うの」
確かに、慶子の愛飲しているスポーツドリンクのペットボトルが無かった。誰かが飲み干してしまったらしい。
「うぇー。じゃあ、お茶にしようかな」
「ごめんね」
麦茶の容器に手を伸ばす。
「あ、俺買って来といたよ。青い方の冷蔵庫に入れといたから」
いつの間にかキッチンに来ていた犬飼(いぬかい)が言った。犬飼もこの寮に入居している大学生で、二階に部屋がある。今日は真っ黒なシャツにやたらとチェーンのついたジーパン、というロックバンドのような格好をしていた。
「ありがとうございますー」
慶子はもう一つの冷蔵庫を開ける。入居者が多いので、冷蔵庫は二つあるのだった。
「いや、いいってことよ」
照れているのか、犬飼はそそくさとキッチンを出て行った。いったい何をしにキッチンに来たのだろうか。
「そろそろ夕飯にするから、あんまり飲み過ぎないでね」
「はーい」
喉を潤した慶子は廊下を歩き、階段を上る。途中でちらっと覗いたリビングでは他の入居者が何人かニュースを眺めていたが、混ざる気が起きなかったので二階のベランダに行くことにしたのだ。
カラカラとガラス戸を開けてベランダに出ると、日は既に沈んでいた。そして、手すりの横にその姿を見つける。
その黒い姿は、夜の闇に紛れていた。
慶子が彼と初めて会ったのは、春に入居した時。彼の姿を見た時、慶子は身体に衝撃が走ったのを感じた。他の入居者とグループで行動している時は普通なのだが、自分と相手だけで接する時は、どうしても感情が抑えきれない。
それは相手も同じのようで、彼は澄んだ瞳で慶子を見つめるだけだった。
「なぁ」
相手の声に、びくりと身体を震わせる慶子。一歩一歩、相手に近づいていく。
慶子の気持ちを知ってか知らずか、彼は管理人さんと仲が良かった。たまに慶子の前でじゃれあっているので、慶子は管理人さんと彼に二重の嫉妬を覚えることもあった。でも、その嫉妬が理不尽なものだということも、慶子は分かっていた。
目の前まで近づき、手を伸ばす慶子。
「やったー! つかまえ……あれ?」
慶子の手を擦り抜け、開いていたガラス戸から廊下に逃げる彼。そして、その先には管理人さんがいた。管理人さんは彼を抱き上げると、慶子に言った。
「慶子ちゃん、夕飯できたから」
「はーい……もう、どうして触らせてくれないの?」
管理人さんの腕の中で、黒猫が「なぁ」と鳴く。
「黒猫さんは、人見知りしますから」
「えぇ〜。もう、触りたい、触りた〜い!」
矢井田慶子は、大の猫好きだった。
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外に囲まれた場所は密室になり、また、内に見放された場所も密室になる
或
私は猫だ。名前などとうの昔に忘れてしまった。
私を覆う体毛は黒い。だから、ここの住人は私のことを「黒猫」と呼ぶ。
どこまでも芸のない人間たちだ。
だが、私はそんな彼らのことを嫌いではない。
私が厄介になっているのはサンフランシスコン鷹取という学生寮だ。
学生寮にしてはやけに家賃が高いような気がするが、それでも朝・夕と食事がでるので、下手に一人暮らしをするよりかは安上がりかもしれない。
しかも、その料理が絶品なのだ。その上、その料理を作る大家の姪である鷹取若菜という娘がなかなかの美人ときたものだ、卒業してもここから離れられず、ずるずると住み続けている住人もいる。
若菜は私のことを「黒猫さん」と、さん付けで呼ぶ。
今日も太陽が真上に来た頃、若菜の「黒猫さん、ご飯ですよ」と言う声が聞こえた。
私はその声を二階のベランダで聞いた。
天気が良かったのでベランダで日向ぼっこをしていたのだ。
私はおもむろに立ち上がり、ベランダから出ようと窓に向かった。
しかし、朝には開いていた窓が閉じている。
私は焦った。
猫の私にこの巨大な窓を開くことなど到底出来はしないのだ。
そういえば、1時間ほど前に若菜が空気の入れ替えのために窓を開けたような気がする。
その時に彼女は私の存在に気が付かなかったのだろうか。
彼女はああ見えて、いや、見た目通りに少し抜けた所がある。
多分、気付かなかったのだろう。
とりあえず、にゃーと鳴いてみる。
とうぜん、効果はない。
次に窓をカリカリと引っかいてみる。
当たり前だが、効果のほどは見込めない。
最終的にぴょんぴょんと跳ね回ってみた。
この行動に特に意味はなかった。
私は本格的に焦った。
このまま行くと、昼食が抜きになるだけでなく、誰もベランダに来なければ夕食すらも危うい。
「くぅーろねぇーこさぁーん」
どこかで若菜の呼ぶ声が聞こえる。
ベランダから下を覗き込むと、異常に広い庭が見えた。
聞くところによると、80坪もあるそうだ。
庭の一部にはバスケットコートがあり、時折そこで住人たちがキャッチボールをしている風景を見ることが出来る。
バスケットコートで何故キャッチボールなのか、未だに理解が出来ない。
その、無駄に広い庭で若菜が私を探していた。
私はここにいる、と助けを呼ぶように鳴き声を上げるが、彼女の放つ「くぅーろねぇーこさぁーん」の声にかき消されて霧散した。
彼女は庭を一周する頃には当初の目的を忘れ、「くっろねぇーこさぁーん♪ くろねっこさささささぁーん♪」と楽しそうに歌を歌いながら踊っていた。
私は助けを諦め、自力で脱出する術を模索した。
幸い、私は猫だ。高い所は得意なはず。
そう思って、私はベランダの縁から顔をだしてみた。
一瞬で血の気が引き、体が硬直した。
どうやら私は高い所が苦手なようだ。
カーカーとカラスが鳴いている。
私も泣きたい気分だった。
私の気持ちを代弁するかのように、お腹がくーと鳴った。
結局、若菜は助けに来ることもなく、夕方を迎えた。
オレンジ色の夕日が目に染みる。
お腹が空きすぎて、私はこのまま死ぬかもしれないと弱気なことを思ったりもした。
いかんせん相手は大学生だ。こんな時間に帰ってくるようなある意味異常な奴はいない。
私は夕食抜きと野宿を決意した。
猫が野宿だとはお笑いぐさだと思うかもしれないが、私は飼い猫だ。
今更、野良生活には戻れない。
もうフテ寝してやると顔を伏せた時、足音が聞こえた。
間違いない、若菜の足音だ。
とうとう私がここにいることに気付いて助けに来たのだな。
そう思っていると、本当に若菜はベランダの窓を開けてくれた。
「若菜、ありがとう!」と若菜の元に駆け寄る私を無視して、彼女はベランダに出た。
そして、彼女はベランダの隅に落ちてあるイヤリングを手に取り、嬉しそうに笑った。
「やっぱりぃ、こんな所にあったんだぁ」
おっとりした口調だが、心底喜んでいるようだ。
どうやら、朝にベランダに出た時に落としたみたいだ。
「あらぁ、黒猫さん、こんな所にいたんだぁ」
今しがた気が付いたかのように私に話しかける若菜。
私は怒りを通り越して、呆れてしまった。
夕食は私の好物の秋刀魚だった。
謝罪の気持ちからだったのか、ただの偶然かはわからないが、今日のことは忘れてやろうと思った。
季節は秋になり、暗くなるのが早くなってきた。
まだ6時だというのに、外はすでに真っ暗だ。
学生たちがぞくぞくと帰ってくる。
彼らにとっては普通の一日だったのだな。
私はもうクタクタだ。
今日はゆっくりと寝ようと思う。
そして、明日からは日向ぼっこも庭ですることにしようと決意した一日だった。
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迷い込んでサンフランシスコン
青壊
秋も深まる某日の夕暮れ時、犬飼航(いぬかいわたる)は寮の自室である209号室の出窓に腰掛け、何気なく階下を眺めていた。航の住む学生寮、サンフランシスコン鷹取は家賃が割高なことを除けば環境はすこぶる良く、また用意される賄いがたいへん美味であることを考えればおつりがくるぐらいなので航は入居して良かったと心から思っていた。
航の部屋の下にあるバスケットコートでは、入居者の一人がジャージを着て黙々とシュート練習をしていた。
(頑張るなぁ、慶子ちゃん……)
久しくまともな運動などしていないが、爽やかな汗をかく姿を見ていると自分も何か運動をしようか、という気分になってくる。しかし、かけっぱなしにしていたMDコンポから流れてくる音楽を聴いているうちに「また明日にしよう」と考えが変わり、結局はいつもの通りだらだらと過ごすのであった。
そろそろ別の曲をかけるか、と思ったところでドアがノックされた。航は「管理人さんだろうか?」と思い、即座に返事をした。
「はーい」
急いでドアを開けると、そこに立っていたのは料理上手な管理人さんではなく、航の大学の先輩である猫柳先輩だった。
「やぁ」
「……なんだ、先輩ですか」
「なんだとはなんだ。わざわざ電車に乗ってまで後輩の家に遊びに来たんだから、もっと歓迎してくれてもいいじゃないか」
猫柳先輩は大学から三十分のアパートに一人暮らしをしている。けれども度々サンフランシスコン鷹取に遊びに来ているので寮の入居者とはもう顔見知りだった。ちなみに今月だけでも、もう三回目の訪問である。
「はいはい、まあとりあえず入ってください」
猫柳先輩に椅子を勧め、航はベッドに腰掛ける。
「犬飼君、僕の予想だと今晩はカレーだね」
「キッチンまで覗いて来たんですか?」
「いや、そんな香りがしただけさ。第一、僕には犬飼君みたいに覗きの趣味はないよ。やめた方がいいよ。女子高生のバスケットの練習をじっくりと覗き見るなんて」
「慶子ちゃんを馬鹿にするな! 先輩も不真面目に生きてないで、少しは彼女のひたむきさを見習ってください!」
なぜか航は見当違いの方向に怒りを爆発させた。
「いや、別に僕は君の覗き趣味を諫めただけなんだけど」
「俺は覗き趣味じゃない!」
ようやく的確にツッコミを入れる。どうも、猫柳先輩と話していると調子を狂わされる。
「で、先輩、今日は何の用で来たんですか?」
「ああ、うん、実は……」
猫柳先輩が言いかけたところで、ドアがノックされる。
「はーい」
航がドアを開けに行くと、今度は管理人さんだった。
「なんでしょう?」
航はかしこまり、管理人さんに話しかける。管理人さん――大家さんの姪御さんで、名前を鷹取若菜という――は長く伸ばした髪と化粧気のない顔にエプロンが似合っている美人だ。
「犬飼さん、今日は早めに夕食にしようと思いまして……六時半から夕食でよろしいですか?」
「はい。わざわざすみません」
普通のやりとりだが、航は未だに少し照れてしまう。
「それと、猫柳さんもよろしければ、召し上がっていってください」
微笑んで言う管理人さん。それが航にはちょっと面白くない。
「ああ、これはどうも。頂きます」
嬉しそうに言う猫柳先輩。猫柳先輩は以前管理人さんの料理を食べたことがあり、それで文字通り味を占めたのだろう。今日も半分狙ってこの時間帯に遊びに来たのだろう。
「管理人さん、今日の献立は何ですか?」
ふと気になったので聞いてみる航。
「今日は豆腐ハンバーグとゴボウのサラダです」
「美味しそうですね。楽しみだ」
管理人さんに「すぐ行きます」と言って航はドアを閉める。
「先輩、カレーじゃないじゃないですか」
「うぅん、おかしいね」
猫柳先輩の予想はあまり当たらない。
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●緊急企画!!
みなさん、待望の文研リレー小説の新作設定です。
今日、青壊くんにリレー小説の話をしたら
さっそく設定を作ってくれました。
すんごく早いね青壊くん。
以下の内容がリレー小説の設定です。
○リレー小説設定
二階建ての建物と80坪の庭(バスケットコート含む)を持つ学生寮「サンフランシスコン鷹取」は
私鉄の駅から歩いて5分の立地条件にあります。
寮の名前は適当です。変わるかもしれません。
風呂・トイレ共同。
食堂あり。
朝食・夕食は賄(まかな)いアリ。
昼食も管理人さんに頼めば作ってもらえます。
一階は玄関、風呂(24時間風呂)、トイレ、食堂、リビング、101号室(大家さ
ん)、102号室(管理人さん)、103号室、105号室、106号室、107号室、108号室があります。
二階は201、202、203号室、205、206、207、208号室と物置、
広いベランダがあります。
学生寮ですが、卒業後も居座って寮から出社したり、分譲で買い取りした人などがい
るのであまり厳しくはありません。
それぞれの部屋は八畳間(フローリング)+クローゼット+出窓、角部屋は窓二つ。
家賃はやや高め。207号室は開かずの間。80坪ってどれくらいやろ?
○キャラ
◆鷹取史郎(たかとり・しろう)
大家さん。三十代後半のおじさんで、趣味はバスケットボールと園芸。
◆鷹取若菜(たかとり・わかな)
管理人さん。大家さんの姪(めい)っ子。申南(もうすみなみ)大学5年生。
大学生だがほとんど寮にいて寮の仕事をしている。
料理上手で、特に和食はプロ級。おっとりしたお姉さんだが、意外と切れ者かも?
以上が設定です。でもこれはまだ未完成なので、俺らでもう少し設定を作りたいと思います。
決めるのは次の二点です。
?アパートの名前を考えて下さい。
青壊くんが考えた名前『サンフランシスコン鷹取』
こりゃないよねw
?キャラクターを追加していきましょう。
青壊くんは大家と管理人を決めてくれたけど、
まだ肝心の入居者のキャラクター設定が決まってません。
僕らでどんどん増やしていきましょう。
一人につき、1人〜2人のキャラクター設定を考えて下さい。
※?の設定は、まず自分のブログで公開してから、WEB版文研日記にアップして下さい。
※?に関しては、市長の掲示板に書き込んで下さい。そこできめましょう。
ある程度設定が固まったら、一番最初に書く人をきめて小説を書いていきましょう♪
質問は青壊くんか俺によろしくお願いします。